肺腺ガンの悪化の危機を乗り越える

タグ:

鹿児島県  M・Jさん(67歳、男性)

〔肺腺ガンの発症〕

 平成10年11月に会社の集団検診を受けたところ、胸部に異常があると指摘されました。当時、右肩甲骨付近に疼痛と違和感がありました。そこで、12月に医療法人財団光輪会・鹿児島クリニックを受診しました。検査の結果、腫瘍マーカーSLXの数値に増加が認められ、M院長より専門医療機関であるK病院を紹介していただきました。
 22日にK病院で胸部CT検査を受け、25日に主治医から「右肺上葉に腫瘍があり、既に肋骨と一部脊椎にも転移が見られるので手術もできない。放射線治療と抗ガン剤による治療しかないが、放置すれば余命は一年以内です」と言われ、早期に入院するよう勧められました。
 私は一瞬、頭の中が真っ白になりました。日ごろから自然農法に取り組み、健康には自信があっただけに、“どうして自分なのか”という思いにかられましたが、MOA会員である私は思い切って、日ごろから取り組んでいる浄化療法と、自然食での食事が入院中もできないか主治医に相談したところ、「いいですよ。自然食の食事は病院では用意できませんが、自宅から持ってこられるのは構いません」と許可していただきました。
 平成11年1月末から入院し、精密検査の結果、肺腺ガンと診断され、D病院で放射線治療を受けた後に、再びK病院で抗ガン剤による治療を受けました。平行して、鹿児島市内のMOA健康生活ネットワークの方々のご尽力によって浄化療法を毎日平均3回受けるとともに、妻手作りの自然食弁当をできるだけ食べることができ、心配された食欲不振、嘔吐、脱毛などの副作用もほとんどありませんでした。

〔再び強い痛みが襲う〕

 4月に退院し、6月から会社へ復帰しました。体調も非常に良く、山へ木の伐採に行き、工場では製材の仕事を毎日できるまでになりました。工場の人たちからも、「本当に肺腺ガンを患っていた人だろうか」と言われるくらいに元気になっていました。腫瘍マーカーも正常値に戻り、私自身も完治したと思っていました。
 しかし、平成14年に入って、再び強い痛みが出るようになってきました。3月の検査では腫瘍マーカーが88.1(基準値5.0)とかなり高くなっていました。このころの私の状態は、右胸のあたりや肩、背中、腕に痛みとしびれがあり、夜中も痛みのため、1時間おきに目が覚めるという状態で、ひどいときは朝方まで一睡もできないこともありました。また、ペンを落したり、声がかすれるという自覚症状まで出てきました。
 平成14年7月、K病院でCT検査を受けたところ、腫瘍部が大きくなっており、放射線治療が必要と診断されました。前回放射線治療を30回受けましたが、今回は20回を予定したいとのことでした。主治医より「副作用として放射線照射部の肺や血管が破れる危険性や肺炎を起こす可能性、さらにガン細胞が放射線に対して抵抗力をつけて、かえって悪くなることも考えられる。しかし、このまま放置すれば、ガン細胞で脊椎が崩れて寝たきりになる」と言われ、本当に困惑して悩みましたが、私は妻と相談し放射線治療を受けることにしました。

〔鹿児島療院*の健康増進セミナーで日に日に元気に〕

 同じころ、鹿児島療院のスタッフから、「7月から、療院で健康増進セミナーの受け入れを始めますよ」と声をかけていただきました。何よりも療院の医療部門を担う鹿児島クリニックのM院長が私の状態を心配していると伺い、ありがたく思い、申し込みました。この時は土、日曜日を利用して7月15日から3泊4日で療院に入りました。ちょうど15日から放射治療も始まりました。健康増進セミナーでは早朝から夜遅くまで、回数にして一日に10回から12回、時間にして8時間から10時間と、腎臓部や患部を中心に徹底して浄化療法を受けることができました。
 以前は浄化療法を受けると、錐でねじられるような激痛がありましたが、今回の健康増進セミナーでは、施術のたびに痛みが和らいできました。
 また、管理栄養士の指示のもと、地域の健康生活ネットワークの方々のボランティアによって自然農法の食材で朝、夕の食事を作ってくださいました。本当に感謝でいっぱいでした。
 おかげさまで、日に日に元気になり、この期間中にあれほどつらかった背中の痛み、右脇の下から右肘の痛みとしびれ、声のかすれも気にならないくらいになりました。
 健康増進セミナーから帰った日は、痛みで目が覚めることもなく朝までぐっすり寝ることができ、徹底して受けた岡田式健康法のおかげだと、ありがたく思いました。
 放射線治療が行われた8月11日までの間の土日を除いた日は、療院のアドバイスのもとに浄化療法を継続的に受けることができ、放射線治療で心配された副作用もほとんどなく、無事に終えることができました。
 平成16年5月25日に骨折をして近くの病院に入院し、MRIと採血の検査を行いましたが、その時の腫瘍マーカーはCEA4.3(基準値3.5).SCO 0.9(基準値1.5).CYFRA1.1(基準値3.5)と、全てにおいて異常がないということでした。

〔地域の方に岡田式健康法を実践するようになる〕

 元気になった私は、今回の体験を活かして、わが家でも地域の方々に対して、積極的に浄化療法を実践するようになりました。すると来られる方がどんどん増えていき、多い日には10人近く来られる時もあり、平均して5名は来られました。私たち夫婦も一日ゆっくりと過ごす時間はありませんでしたが、浄化療法を受けて喜んで帰られる姿をみると楽しくて、楽しくて仕方がありませんでした。
 来られた方には、浄化療法だけではなく、妻が、わが家の家庭菜園で作った自然農法の野菜を一品でもニ品でも調理して提供しました。また、美術文化インストラクターの方に来ていただき、近くの山や畑に草花を採りに行き、一緒に花をいけて楽しむこともありました。このように、療院で取り組まれている岡田式健康法を意識して家庭でも実践する中、「Mさんの家へ行くと本当に楽しくて癒される」と言われ、3名の方が「自分も浄化療法を施術したい」と希望され、MOAの会員になられました。

〔鹿児島クリニックM院長コメント〕

 平成11年、他院での放射線治療と抗がん剤治療に平行して岡田式健康法の浄化療法をはじめ自然食の食事法美術文化法にて椎体骨破壊まで進行していた右肺上葉部腫瘍の縮小が認められ、疼痛もかなり軽減したことから、平成11年6月には、職場にも復帰されました。
 その後も定期的なチェックをK病院と連携して行ってきました。腫瘍マーカーは基準値よりもやや高値を示しながら推移しておりましたが、疼痛の増強などは認められず、落ち着いた状態が持続しておりましたので、そのまま経過を観察しておりました。
 ところが、平成14年の春ごろより疼痛の増強を訴えられるようになり、仕事を続けていくことも困難な状態になっていかれました。このころには、腫瘍マーカーもかなりの高値を示すようになり、K病院の主治医からも治療を勧められるようになりました。
 平成14年7月2日、K病院の帰りにCT写真を持参し当院へ来院され、放射線治療について相談を受けました。疼痛の増強に加えて腫瘍マーカーの上昇、更にはCTスキャンによる腫瘍の進行が認められておりましたので、K病院の主治医と同見解を示しました。
 後日、放射線療法が20回の予定で行われましたが、前回も放射線療法に対して岡田式健康法が非常に有効であったことを確認しておりましたので、今回も放射線療法を受ける間、岡田式健康法を取り組むこととなり、当患者の意向もあり、浄化療法スタッフへ受け入れを指示しました。放射線療法も2回目ということで、前回にも増して副作用の危険性を指摘されておりましたが、全くと言っていいほど副作用もなく治療を終えられたことは、岡田式健康法が副作用を抑制したものと考えられます。
 岡田式健康法を徹底して患者に施す中で、疼痛の軽減も顕著でありましたが、これに関しては、放射線療法も行っておりますので、その因果関係を直接的に立証することは現時点では困難だと思いますが、大きな役割を果たしているものと推察します。
 現在、疼痛も極めて軽度な状態で持続されており、腫瘍マーカーも平成16年5月の時点では全て基準値内に収まっておりましたが、このことは当患者が日常的に浄化療法を受け、自然農法による自然食を摂取され、芸術を楽しまれていることも大きな要因になっているのではないかと考えております。
 しかし、原発病巣である右肺上葉部の腫瘍は閉じ込められた形となっており、完全に退縮したわけではありませんので、今後とも定期的なチェックが必要です。

*鹿児島療院=現・南九州療院

あわせて読みたいコーナー

PAGETOP