喜び拡げる自然農法の地産地消

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鹿児島県  I・Nさん(62歳、男性)

【生産者部門の取り組み】

〔自然農法普及会の発足〕

 私たち夫婦は自然農法で野菜の栽培を始めて14年になります。自然農法に取り組んでみると作物の生育を通して、土づくりの大切さや気象の変化への対応など、自然の働きがいかに私たちの生活にとって重要な役割を果たしているか実感することばかりです。自然環境をよく観察して、作物の特性をよく分かった上で、作物自体が持っている生命力を尊び、サポートする。それによって、新鮮でおいしい作物が育ちます。
 平成10年にK市の実施者が集まってMOA自然農法普及会を発足しました。普及会は生産者部門と愛好者部門があります。
 普及会の構成員は30世帯ほどです。そのうち生産者部門は11世帯で、それぞれに工夫をこらしながら、野菜づくりに励んできました。また5つの地域では「瑞泉郷」との名称で、農薬や化学肥料に頼らず、自然と調和した人と環境にやさしい農業を、地域のみなさんにも知ってもらえるよう、努めてきました。
 私は自然農法に生きがいを感じ、6年前に会社を早期退職して栽培に専念するようになりました。妻と2人、ダイコンやカブ、キャベツ、コマツナ、ラッカセイ、オクラ、ナス、ニンジン、サツマイモ、サトイモなど年間20種類の野菜を栽培し、市内の自然食レストランや自然食の販売店に出荷してきました。

〔地域に拡がる自然農法〕

 私が普及会の会長を退いた平成20年に、長男が普及会の会長を引き受けることになり、地域の方々との交流の輪が大きく拡がっていきました。
 11月に市内で最大の有機農業のイベント「オーガニック・フェスタ」が開催されましたが、そこで長男はMストアのO部長と出会いました。息子が自然農法にかける思いをお伝えしたところ、日頃から県民や市民の健康増進に深く関心を寄せておられた部長と意気投合し、協力して進めていこうという話になりました。Mストアも地場野菜を探しておられたようで、後日、店員で野菜ソムリエのWさんが畑の見学にこられました。収穫したてのサトイモを茹でて試食していただいたところ、Wさんは「甘さと軟らかさ、食感も素晴らしいですね」と感動され、すぐにO部長に「お店で扱ってみませんか」と提案されました。こうして野菜をMストアに出荷することになりました。
 また、Y瑞泉郷に、「うるおい(普及会の愛好者部門の名称)」のメンバーと、老人ホームS園の職員や入寮者の方々の畑がありますが、利用者のみなさんに喜んでいただくために、長男が生産者部門の会員さんに声をかけ、受け入れを行うようになりました。Y瑞泉郷に生産者が集うことで交流も深まり、結束力も高まりました。
 普及会がこれから本格的な活動に入っていこうとした平成21年、長男が急な病気で亡くなってしまい、私たち夫婦は生きる希望をなくしたような状態にありました。周囲の励ましや気遣いをいただきながら、時間がかかりましたが、“長男が普及会をここまで整えてくれたけど、まだやり残したことがあったのではないか、私たち夫婦が頑張って、その意思を受け継いでいくことだ”と、少しずつ前向きに考えられるようになりました。

〔Y瑞泉郷まつりを開催して〕

 毎年11月にY瑞泉郷で「瑞泉郷まつり」を開催してきました。平成21年の瑞泉郷まつりは、自然農法の紹介や農業体験、お茶やお花の体験コーナーなどを設けました。旬の野菜を収穫し、自然農法の食材を使っておにぎり、豚汁、お菓子を作り、お餅を焼いたりしました。普及会で生産された野菜を中心に食材を選び、提供することができました。
 この瑞泉郷まつりに参加された東京で会社を経営している20代の男性のUさんは、内容の素晴らしさと、都会ではあまり見受けられない高齢者の活き活きとした姿に感動されました。年末に中学校の同窓会が母校の体育館であり、実行委員長であるUさんの強い要望によって、普及会の紹介、お茶やお花の体験コーナー、自然農法の野菜や加工食品を販売しました。食事は「瑞泉郷まつりの時に提供していただいたものが美味しかったので、そのまま出してほしい」との要望で、調理したものをテーブルに並べました。
 10代~30代の方々が中心で、先生を含めて150名が参加されました。始めての試みでしたが、「今の時代には自然農法は必要」との声を聞くことができ、Uさんから「次回もお願いしたい」と依頼されています。

〔Mストアの愛好者グループの交流会を行って〕

 平成21年の瑞泉郷まつりと前後して、Y瑞泉郷内に新たに野菜ソムリエWさんを中心とした愛好者グループの畑を設けることになり、交流会が始まりました。
 平成21年はダイコンの種まきから収穫までを行い、平成22年はトウモロコシの苗植え、ラッカセイやサトイモの種植えから収穫まで体験していただきました。
 交流会に参加された方からは、「生産者の顔を見て頑張って作っていらっしゃると感じ、農産物を見てもっと大事に食べなくてはと思いました」「小さな一粒の種から大きなダイコンができることに、改めて自然の働きを肌で感じとることができ、いい体験をさせていただきました」「農薬を使わずに野菜を栽培することは、とても難しいものだと、この体験を通して知りました。生産者のご苦労に感謝します」「何もかも下準備をしていただいての種まきでしたが、一つの野菜ができるまで沢山の作業があることを実感しました。きっと自分で育てて収穫したものは皮まで美味しくいただきたいという気持ちになると思います。子どもたちにもこのような体験をさせられたら、野菜ぎらいや食べ残しなど減っていくのではないかと思いました」「農業体験をさせていただいて、食のありがたさを感じました。旬のものを食べる事ができると思うと、今から楽しみです。」などの声をいただきました。

〔長男の遺志を受け継いで〕

 自然農法を実施して何よりも嬉しいのは、食べてくださる方々から、「おいしかったよ」「食べると元気になるよ」と、直接聞いた時です。農作業の疲れもいっぺんに吹き飛びます。自然農法野菜をしっかりと食べるうちにアトピーやアレルギーも改善してきたと聞くこともあり、そんな時は嬉しくてたまりません。
 自然農法の地産地消を進めることは、食する人の心身の健康づくりに役立てる喜びが膨らみ、それが私たち夫婦の生きがいでもあり、今は亡き長男の願いでもありました。食する人たちの健康と楽しい食卓づくり、家庭づくりに役立っていきたいと自然農法に打ち込んだ長男の思いを、夫婦でしっかりと受け継いでいこうと思います。

【愛好者部門の取り組み H・Uさん(51歳、女性)】

〔家庭教育学級における健康法の取り組み〕

 鹿児島県は親同士が学習したいことを自ら企画して活動していく家庭教育学級が、小、中学校で盛んに行われています。長男が小学校に入学して、私も家庭教育学級に入りました。いろいろなことを学び、活動してきましたが、中でも健康法という形でいけばなや自然農法の食材を使用した料理教室などを講座に取り入れてきました。みなさんから「とてもいい」と好評で、いつのまにか役員を10年間続けてきました。
 教育学級を進めてみて、料理やいけばななどを家族で楽しむということが生活の一部になっていくことは、家庭教育の本質的な部分として大変重要だと実感することが数多くありました。私はこれを家庭教育学級という枠にとどめるのではなく広く社会に拡げていくことはできないかと常々考えていました。
 平成11年、そうした思いを教頭先生にお話ししたところ、「公民館で、社会の問題を解決するような講座を募集しているようですよ」と紹介してくださいました。
 そこで、光輪花(お花の教室)のサークルで作ったお花を持参して、公民館の講座を担当しておられる先生にお会いしました。市も地域のニーズに応えたいと考えておられたとのことで、「さわやかおかあさん塾」として、年10回のカリキュラムで開講することになりました。はじめはお花のサークルを行っていましたが、参加者との会話の中で、食事や健康問題が大事だよねということになり、医師を招いて「健康と食」に関わる講演会を開いたり、料理教室を行うようになりました。

〔普及会の愛好者部門「うるおい」として出発する〕

 料理教室では自然農法で生産された野菜を使用していますが、食材の素晴らしさを口で説明するだけでは、本当の価値がなかなか伝わらないと感じました。そこで、小学校の家庭教育学級でIさんの畑に親子で見学に行き、野菜の収穫体験をさせてもらいました。実際に畑に入って、土にふれ、作物を収穫してみて、参加者は沢山のことを学びました。
 このことがきっかけとなって、平成11年から自然農法普及会の愛好者部門として、生産者のみなさんと協力して食運動を進めていくことになりました。名称も「さわやかおかあさん塾」から「うるおい」に変更し、現在では22名が登録し、活動しています。
 Y瑞泉郷の一画に、「うるおい」の畑があり、土づくりとか、いろいろな作物の作り方をIさんご夫婦に、実地で教えていただきます。今年(平成22年)は、サツマイモの植えつけを行いました。収穫体験は10月です。草取りを1~2回くらいしていますが、普段はIさんご夫婦に管理をお願いしています。こうして収穫したものを、料理教室に使用し、また会員で平等に分け、おいしく調理させていただきます。

〔老人ホームS園の瑞泉郷での野菜づくり〕

 また私は家庭教育学級で友だちになったKさんの紹介で、老人ホームS園にお茶やお花のボランティアを行ってきました。
 老人ホームは、入居者に外に出る機会を作ってあげたいということから野外活動を行事に取り入れておられます。そこで野外活動の一環として、土にふれ、野菜づくりを体験してもらいたいと思い、Y瑞泉郷を紹介させていただきました。
 入居者の方々は、瑞泉郷に行く日は朝から楽しみのようです。瑞泉郷では、植えつけと収穫を行いますが、一日中ニコニコと笑顔で会話も弾み、大いに気分転換も図られているようです。職員の方も大変喜ばれて、「生き返る」というような声をよく聞かせていただきます。
 またS園の栄養士の方も来られますが「自然農法で栽培された素晴らしい野菜を園のおばあちゃんたちに食べさせられて嬉しい」と言われます。ここで収穫したサツマイモなどを備蓄して、それが園の食事に提供されるようですが、入園しておられるお年寄りが、「今日のおイモがおいしかった」とご家族に話されるということも伺います。家族の方も「こんなにも、よくしてもらえている」と言われて、喜んでおられるとお聞きしました。

〔生産者の熱意と真心を実感〕

 生産者の顔が見える自然農法の野菜が手に入ることは本当に幸せだと思います。Iご夫妻が栽培された野菜を手にすると、野菜に込められた熱意と真心が伝わってきます。口に含むと、そのみずみずしさやおいしさに驚かされますし、本当に“命をいただいている”というような感動があるのです。
 地元の自然農法で生産した野菜であればこそ、一層おいしく食べて健康になり、食卓に笑顔が拡がる料理ができるのだと思います。何よりも安全で、家族の真の健康を作ってくれる自然農法で生産された価値ある野菜を食べることは、何にもまさる喜びです。
 さらに、家族の「おいしいね」という一言が、私に料理を作る喜びを与えてくれます。
 「うるおい」も家庭教育を通して社会に貢献していきたいという視点で進めてきましたが、家庭の中にはかけがいのない愛というものがあって、社会に、周囲に奉仕していくエネルギーが生まれてくるのだと、活動を通してつくづくと感じます。

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