引きこもりから回復に向かう

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岐阜県  K・Sさん(24歳、女性)

〔引きこもりまでの経緯〕

 私は平成20年3月、地元の工業高校を卒業後、機械のプログラムなどを作成する会社に就職しました。高校でプログラムを学んでいたことから、同期のなかで唯一プログラム開発の部署に配属されました。同期の仲間たちには、開発は花形部署であることから「自分も開発をやりたい」「私も開発が良かった」などと、うらやましがられました。また自分としても開発に配属されたことで、気負うところもありました。
 その後、半年間の新人研修に入り、様々な部署へと配属された同期の仲間たちと一緒に勉強をすることになりました。研修が進むなかだんだんと研修とは関係なく、始業前と終業後にみんなで集まって話をすることが日常化していきました。
 私は、そのような集まりに半ば強制的に参加しなくてはいけないことに、違和感を覚えるとともに、そこでの話の内容などから、次第に追い込まれるようなつらさを感じ、平成21年2月に退職してしまいました。
 その後、平成21年8月、ホームページを作成する会社に知人の紹介で入社しました。インターネット関係が好きだったこともあり、仕事は楽しかったです。ただ、勤務先が遠方のため1時間半くらいかけて電車で通勤していたのですが、私は乗り物があまり得意でなく、嘔吐するなど具合が悪くなり、電車を途中で降りてしまうことがたびたびありました。
 そのため遅刻や休みが重ってしまい、先方から退職を勧告されてしまいました。
 その後、平成21年12月に、母の知人から事務員を探している会社があると紹介され、入社しました。1年くらい勤めた後、社長より「別の会社を紹介するので移ってもらいたい」と言われましたが、その会社への異動についてあまりに急な話で、承諾できない気持ちもあり、そのお話はお断りし平成23年1月に退職しました。
 後でわかったのですが、その会社は不正をしており、退職して1ヶ月後くらいに不正が明るみにでて倒産してしまいました。
 その会社で一緒に働いていた人や扱っている商品自体はすごく好きで、友達にも紹介していただけに、不正の発覚は自分の信頼を裏切られたような気持ちになり、大きなショックを受けました。そして、その出来事をきっかけにだんだんとやる気が無くなっていき家から出ないようになってしまいました。
 それでもなんとか頑張ろうと思い8月ごろ、近くで短期のアルバイトをしようと面接を受けたのですが、とても高圧的な面接をされて、落とされてしまったことから、面接を受けることがすごく怖くなってしまい、仕事に応募することができなくなってしまいました。
 そして、完全に気力が無くなってしまい、引きこもってしまいました。

〔引きこもってからの生活〕

 引きこもっているときは昼夜が逆転していました。朝8時から昼12時くらいの間に寝て、夕方に起きるような生活リズムになってしまいました。
 そんな生活リズムになっても”このままではいけない”という気持ちは特になく”私は生きている意味があるのかな”ということばかり考えていました。”生きていればお金もかかるし、仕事をしているわけでもない、具体的な目標があるわけでもない、居ないほうが家族の負担も減っていいのではないか”と思っていました。
 そんな中よく「仕事ってなんのためにするの」と、まわりに聞いていました。だいたいみんな「生きていくために」という答えが大半でした。しかし、生きていくことに意義を見出せない状態だった私にとって「仕事をしなさい」と言われても、気持ちが冷めていくばかりでした。
 父から仕事のことについて言われると、”私だってどうしていいかわからない。私の気持ちも知らないで。これ以上、私の心の中に踏み込まないで”という思いでした。
 でも、誰かに自分の気持ちを伝えたいと、思うこともありましたが、母は他の家族の世話もあり、父は仕事が忙しく、私はいったい誰に気持ちを伝えればいいのだろうという悩みがありました。
 引きこもっている時はあまり友人とも連絡をとりませんでした。ごく親しくしていた一部の人とは連絡を取り合うぐらいでしたが、あまり込み入った話などはできませんでした。
 ただ、インターネットを通して交流を持つようになった人と意見交換や現状報告などをすることはありました。

〔浄化療法2級資格講座の受講をきっかけに気力を取り戻す〕

 平成24年3月ごろ、祖母より「MOAに入会し、3級資格は取得しているけれども、なにかのきっかけになると思うから、浄化療法についてより深い内容を勉強できる2級講座を受講してはどうか」と勧められました。
 祖母が私のことを心配してくれている気持ちが、とても嬉しかったのと、以前MOAの研修に参加した時、人の思いを感謝して受け取ろうと勉強したことを思い出し、思いきって挑戦することにしました。
 そして、挑戦する以上、最後までやりきろうと決意しました。
 今まで引きこもっていたこともあり、外に出なければならないと考えると苦痛を感じ、家から出る瞬間が一番つらくなるのですが、頑張って通い続けました。会場に行ってしまえば講座は面白く、楽しく過ごすことができました。
 講座は実践を交えて進んで行きました。浄化療法の具体的なやり方が、わかるようになるとともに、甲状腺に腫れのあったUさん(30代 女性)に浄化療法をしたところ、腫れが退いたり、兄も病院で四十肩のような症状と診断されたのですが、浄化療法をした次の日には痛みが無くなったりと、効果が現れてくることがとても嬉しく楽しく感じました。
 私は2級講座の受講をきっかけに、もともと自分のなかに持っていた”やりたいと思うことに挑戦していこう”とする気持ちが、次第に強くなっていくことを感じました。
 また、”決めたことは、これからもキチンと守っていけるようにしていきたい”と考えるようにもなっていきました。
 受講しはじためたころは、まだ家から出ることや突然、予定していないことを頼まれたりすることに、抵抗を感じていましたが、祖母から「浄化療法を受けたいという人がいるけど移動手段がなくて困っている」と連絡をもらった時に、すぐに「じゃあ行こう」と答え、祖母とその人のところへと向かい浄化療法をしました。
 自分でも不思議ですが、講座が進んでいくうちに困っている人やうまくいってない人をみると、心配で放っておけないと思うようになってきました。受講する前は、ここまで積極的に人に関わりたいと思うことはありませんでした。
 そして、いろいろな人に接するなかで、自分を含め「うまくいかない」と言っている人の本質的な原因は、自分自身の考え方になにか問題があるのではないかと、考えるようになりました。

〔2級資格を取得して〕

 2級講座を修了し、資格を取得したあたりから当時を振り返り、自分の問題として物事を捉え、考えられるようになってきました。
 今になって思えば、仕事に関係していろいろと感じていたことは、たいしたことではなかったと思います。そこまで気にしないで、もう少し我慢することができたら、違う結果になったのではないかと思います。
 ただ、その時は泣いて行けなくなってしまうまで、追い詰められていました。私は幼いころから自分の気持ちをうまく表現することが苦手で、あまり感情や気持ちを出さず、反発しない子どもでした。そのため必要以上に、いろいろなストレスを抱えてしまっていたのではないかと思います。
 2級資格取得後は名古屋療院に2回くらい療法士としてボランティアに行きました。その時「前の時と全然違う、明るくなった」と言われました。自分ではそんなに変わった感じはしないのですが、平成24年2月に療院に行ったころは、よほど目に輝きがなかったのではないかと思います。

〔これからの希望〕

 今は、祖母と一緒にMOA健康生活ネットワーク(以下ネットワーク)の、ボランティア活動などを行いながら過ごしています。毎日が楽しくなってきました。前のような暗い考えはないです。でも、あのころの自分があったから、今の自分があると感じています。たまに、またもとに戻ってしまうのではないかと、不安になることもあるのですが、そこを思い悩んでもしょうがないと思っています。
 最近は”また仕事をしたい”と考えるようになってきました。そのためにもまず生活リズムや面接への恐怖などを焦らないで、少しずつできるところから直していきたいと思います。

〔M・Kさん (祖母)の手記〕

 家に引きこもり、特になにもすることなく過ごしていると聞き、すごく真面目で、子どものころから本当に手のかからない子だったのに、こんなことになるとは思ってもいなかったので、とても驚きました。
 今まで自分は、孫になにもしてあげられなかったのではないか、という思いもあり、このことに正面から向き合い、寄り添って愛情をかけていこうと思いました。
 ちょうど2級講座がはじまったことや、孫が浄化療法に興味を持っていたことから2級講座受講がなにかのきっかけになり”人生が開けていけば”と思い勧めてみました。
 父親は”早く引きこもりから回復して、働きに出てほしい”という気持ちが強くでてしまい、普段からいろいろと厳しい言葉で接していたようですが、母親の”引きこもってしまったことは、娘が成長していくための試練であり、講座の受講は乗り越えていくための機会となると思うから、見守っていきたい”という思いに理解を示し、娘夫婦は孫が受講することについて見守ってくれました。
 併せて、家庭での岡田式健康法のやり方について相談したいと思い、平成24年2月、名古屋療院に一緒に行き、「相談シート」をつかいアドバイスをしてもらいました。4月の受講がはじまるまで3回くらい行き、浄化療法の施術個所についてのアドバイスと、美術文化法、食事法の体験もしました。
 受講をきっかけに孫は自信を取り戻したのか、生き生きとして別人のように明るくきれいになりました。そして、療院やネットワークのボランティア活動にも、参加してくれるようになりました。
 療院にボランティアに行った時には、ボランティアができたことも嬉しかったですが、療院のスタッフから「明るくなったね」と、言われたことがとても嬉しかったです。
 これからもネットワーク活動や療院でのボランティアをしていきながら、向き合っていき、いつの日か独り立ちできるように見守っていきたいと思います。

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