小学校での問題行動から美の環境づくり

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佐賀県  N・Sさん(56歳、女性)

〔問題行動が起きている小学校の環境改善を願って〕

 平成13年のことです。当時小学6年生だった娘から、「学校の女子トイレで、毎日のように置いてあるトイレットペーパーが便器に投げ込まれて先生も困っている」と話がありました。はじめはそれほど気にも止めてはいませんでしたが、そのことがあまりにも続くので、娘から「お母さん学校に花をいけてよ」とせがまれ、保護者の一人として校長先生に会いにいくことにしました。
 「トイレットペーパー騒ぎを娘から聞きました。学校に花をいけて美しい環境をつくり、子どもたちの心に安らぎを持ってもらえたらと願っています」と申し上げました。校長先生はとても歓迎してくださいました。
 私は、MOA美術文化財団(現:岡田茂吉美術文化財団)のインストラクターとして、光輪花クラブというお花の教室を開いています。クラブ会員のみなさんと花をいけることで、様々な発見や気づきを得ることができました。それぞれの花の持っている良さ、個性を活かすことは、一人一人の心をいかすことにも通じているように思います。そうした体験から学校にいけこみをさせていただきたいという気持ちでした。
 そこで早速、同じ美術文化インストラクターのKさんと、クラブ会員のNさんらの協力を得て、騒ぎの起きているトイレ、玄関付近の廊下、校長室や職員室、保健室、図書室、職員用トイレなど計10ヶ所に、花をいけ始めました。
 ある日、いけこみをしていると、先生が近づいてこられ、私たちがいけこみを始めた日を境にして、トイレットペーパーの投げ込みなどの騒ぎがなくなってきたと聞かされました。
 その後、校長先生が全校児童の前で、「お母さん方がお花をいけてくれています。みなさん見たことありますか。花に触れることで悪い心がなくなります」と話してくださったそうです。
 そんなこともあって、いけこみに伺うたびに先生方より感謝の言葉をかけていただくようになり、子どもたちも立ち止まって、「いつもきれいな花をありがとうございます」と、丁寧にあいさつをしてくれるようになりました。
 そうした折、PTAの広報の方から思いがけなく取材を受けました。
 トイレットペーパー騒ぎをきっかけに花のいけこみを始めたことをお伝えした上で、「美しいものを美しいと感じる心を育てることが大切だと思っています。そうした心が育つことで、日常生活の中でも美を楽しめるようになり、ストレスもなくなっていくように思います」といった内容を整理して書面でお渡ししました。
 それがそのままPTAの広報誌に大きく掲載され、いけこみを通して願っていることを先生方や保護者の方々に伝えることができました。

〔お茶・お花による児童への心の教育がはじまる〕

 新年度に入って、新しく女性の校長先生が就任されました。
 あいさつに伺った際に、私たちのお花のいけこみについて、経緯や願いとするところをありのままにお伝えし、日ごろ、インストラクターとしていけばなや茶の湯を行っていることをお話ししました。
 すると校長先生は、「自然や美しいものを通して心の教育をしていきたい。子どもたちと一緒に花や野菜を作りたいと考えています。今、ちょうど選択クラブのことを話し合っていたところです。ぜひ、お花やお茶のクラブを立ち上げましょう」と言われました。
 早速4月下旬から、17人の児童で「お花・お茶クラブ」がスタートしました。月2~3回のペースで行うことになりました。
 この「お花・お茶クラブ」では、お花のいけ方や、お茶の点て方などの技法を主にせず、心とするところをお伝えするようにしています。
 お花の時には、人間とお花は同じ大自然の中に生きている生き物だから心が通じ合えることや、花の美しさを見ていると自分の心の中の嫌な心が少なくなっていくことなどをお伝えして、花の一番きれいな所を探して、楽しく花をいけてもらっています。
 また、お茶の時には、盆点前で点てる人と、お茶をいただく人とに分かれて、点てる側は道具を清める時、自分の心を清めるようにすることと、お茶をいただくお友だちが今よりもっと元気で、楽しく生活が送れるよう、願いを込めて点てましょうとお話すると、みんな真剣にお茶に向かってくれます。
 そして、お花もお茶も、する前と後の子どもたちの心の変化を聞くようにしています。
 「荷物になるから花は持って帰らない」と言っていた子どもたちも、喜んで持ち帰るようになりました。「お父さんとお母さんが、私のいけた花を見て、きれいだねと言ってくれたよ」「真夏の暑い時に1週間たってもお花がきれいに咲いていました。毎日、水換えをしたからだと思います」などの声が聞かれました。
 子どもたちが花に対して優しい思いを向け、家庭にも和気あいあいとした雰囲気が生まれてくるといった変化が、私たちの大きな喜びになっていきました。
 「ふれあい学級」の児童とそのお母さんたちにお花とお茶を体験してもらいました。お花・お茶クラブの子どもたちも一緒に取り組んでくれました。体験した「ふれあい学級」の子どもや保護者、そして先生にもとても喜んでいただきました。
 さらに、6年生全員136人を対象に、総合学習でお花とお茶を体験してもらうことになりました。これだけの子どもたちとなると、いけこみに取り組んでいる3人だけでは手が足りませんので、地域のインストラクターや光輪花クラブ会員のみなさんにも呼びかけて、3人の応援を得て開催しました。
 近くに住む6年生のA子さんは、日ごろあいさつをしても返事のないお子さんでした。総合学習でお花とお茶を体験してもらった後、いけた花を持って下校している姿をたまたま見かけました。声をかけてみると、「今日は楽しかった」とニコニコして手を振ってくれたのです。A子さんの笑顔を見て、やらせていただいて本当に良かったと思いました。
 この総合学習のことが、校内で評判になり、ほかの先生からは「今度の新6年生にも実施してほしい」と依頼されました。

〔学校に拡がる美の活動〕

 初めは校舎にも校庭にもほとんど花がなかった学校でしたが、教育委員会から予算を得て、学校中に花や野菜を植えたいと願われる校長先生は、進んで作業を始められました。校長先生の呼びかけで、PTAの役員の方々も自主的に会を作って、一緒に取り組むことになり、花壇と農園が見事に完成しました。
 先生や児童、保護者が一体になって、学校のあちらこちらに花が植えられるようになりました。雨の日、傘をさしながら子どもたちが一生懸命に花のお世話をしています。その純真な姿には感動します。
 校長先生の願いでもありましたが、子どもたちとも一緒にいけこみをするということもできるようになり、一昨年より、保護者のお花・お茶クラブも行うようになり、学校のバザーでは、保護者の方々とクラブの子どもたちとともに、お茶会もできるようになりました。
 思いがけなく広がりを見せた取り組みですが、そもそもはトイレットペーパー騒ぎがあった時に、「お母さん、学校にお花をいけて」と言った娘の言葉から始まったものでした。娘は、小さいころから私と一緒に花をいけ、花壇造りも楽しんできました。娘も花に親しむうちに、花に触れる喜びや楽しさを大切にする心をはぐくんでくれたように思います。
 学校をはじめ子どもたちを取り巻く事件が後を絶ちませんが、同じ年ごろの子どもを持つ親として、そうした事件を未然に防ぎ、子どもたちが活き活きと成長していける環境を整えていかなければと思います。
 今は、イライラする思いを募らせる子どもが増えているそうです。心の陰りがさまざまな事件の発端となっているのではないか、という話も聞きました。それだけに、美を通して心を癒し、穏やかで優しい気持ちをはぐくんでいくことの大切さを痛感しています。
 校長先生から、「美が子どもたちの成長に与える影響は大きいと思います。お花・お茶を通して、美しいものを見て美しいと思う人間本来の心がはぐくまれていると感じています」との言葉をいただきました。
 教頭先生からも、「こうした花を通しての営みが、ずっと続くよう、教師である私たちもしっかりしないといけないですね、花でどれだけうちの学校が潤ったことか」と感謝の言葉をいただきました。
 私たちは、花の持つ力が充分に発揮されるよう、そのお手伝いに徹していくことが大切だと感じました。

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