鳥取県 美術文化インストラクターネットワーク
〔刑務所へのいけこみ〕
平成元年のことです。広島刑務所から鳥取刑務所に赴任されてきた課長さんがMOAセンターにおいでになり、「広島ではMOAさんにいけこみをしていただいて、すごく好評でした。ぜひ鳥取でもいけこみをしていただきたい」という要望がありました。その後、私たちMOA美術文化財団(現:岡田茂吉美術文化財団)のインストラクター(以下、インストラクター)に「どうだろうか?」と相談がありまして、私たちも「是非そうさせていだきましょう」ということで、ボランティア仲間でいけこみを始めました。メンバーは替わっていますが、20年以上経っている今も続けています。
刑務所には月に2回、上旬と下旬に行っています。花材は安く直売してくださる農家さんにお願いして用意しています。自分の家に花材がある時はみなさんも持ってきます。そして、インストラクター3~4名が、夏ならアジサイ、ユリ、カンパニュラ、アガパンサスなど、その季節に咲く花を持って行き、いけています。
刑務所はとても協力的で、事前に日時を連絡しておくと、花器をちゃんと並べ、水も入れて用意してくださっています。花材があまった時は、新たに花器を用意してくださるなど、柔軟に対応してくださいます。
花は事務所の会議室、面会室、応接室、玄関と、受刑者が集まる場所にも飾っています。特に刑務所内に飾るお花は、切れるものがあってはいけないとか、剣山を使用してはいけないなどの制約がありますが、特別な場所ですから、私たちも、その範囲内で用意された花器や花に応じて、見ると心が癒される、心や魂が救われるようにと願いながらいけています。
〔受刑者からいただいた手紙〕
10年ほど経った平成10年ごろ、いけこみのボランティアに対して刑務所から感謝状、平成15年には法務大臣表彰をいただきました。
また、以前から私たちが受刑者の方が花をどのように見てらっしゃるのか気になっているという話を職員の方に話していたのですが、受刑者の方が書いた手紙をいただいたことがありました。
その中で、「いけてあった花をみて、自分の家にも同じ花が咲いていることを思い出しました。そして、ふと家族のことを思い、家のことを思い出して、本当にかけがえのない人生をこんなことにしてしまい家族に申し訳ない、一日も早く更正して家族のためにまた頑張ろうという気が湧いてきました。この花を見ていると、いけた人の心が伝わってきてとても嬉しいです」と書いてありました。「花を見ていると、生きる道しるべに思える」というメッセージもありました。いただいた手紙は涙なくして読めない内容でした。
〔駅でのいけこみ(Fさんの体験)〕
市内の駅のいけこみも、刑務所と同様20年近く続けています。
その当時、駅にお花が飾られていなかったので、私たちが駅に提案していけこみを始めました。
今では、もう一つの団体もお花をいけています。その方たちの華やかないけばなに対して、私たちは1m四方のケースに一輪の花や、2~3種類の花をいけているのですが、正直、気劣りすることもあります。ある日、先生に「駅で花をいけているんですけれど、相手の方はとってもいい賑やかな花をいけられますし、私の方は見すぼらしいと思うことがある」と言ったことがありました。しかし、先生は「少ない花材でもいいから、人の心を打つことを考えて花をいけてください」と言われました。“そうか、花の数ではなくて、いい花をいけようという気持ちが大切なんだ”と思い直していけるようになりました。
それからしばらく経ったある日、駅でお花をいけている時、後ろから「この花を見ていると癒されますよ、何の花ですか?」と聞かれることや、「この花を見ていると心が洗われますよ。見ているとスーと吸い込まれるような気がする」と言われようになりました。“私たちのいけている花をそんな風に見てくださっているんだ”と感動し、これからも人の心を打つ花、癒される花をいけようという意欲が湧いてきました。
こんなこともありました。Kさんが、家に咲いている夏のアジサイを枯れた後も切らないで、水をずっとあげ続けていると、グリーンのアジサイが咲いたそうです。それを駅にいけこみした時、ある方が「グリーンのアジサイはインターネットで探してもない。どなたがいけられて、どこで仕入れたのか」と駅に問い合わせがあって、その方に2~3本差し上げると、とても喜んでくださったそうです。
〔病院でのいけこみ(Kさんの体験)〕
1年ほど前から夫が入院することになりまして、入院先でお花をいけるようになりました。同じインストラクターの先輩のFさんから、「入院先でもお花をいけられたらいいね」と言われていたので、ある日、看護師長さんにお願いしたら「願ってもないことだわ。どうぞお願いします」と言ってくださり、こちらで花器と花を用意して、夫の病室のほかに廊下やカンファレンスルームなどにいけ始めました。
ある日、お花をいけていると患者さんのおばあちゃんが「今日は何の花?」と声をかけてきました。説明すると、名前を一生懸命覚えようとされていました。「おばあちゃん、横文字が多いけれど頑張って名前を覚えてね」というと、「手を握らせて」と言われました。「花を見て元気が出たわ。また明日もいけてね」と言われました。ある時は、私の庭の草花を持っていったら「わが家にもこれがあるんですよ」と喜んで話しかけてくださりました。一輪のカーネーションをプレゼントした時は、すごく嬉しかったらしく、ずっと部屋に飾ってくださって、会うたびに「カーネーションありがとう」と言われるようになりました。
看護師さんにこの話をしたら「最近はKさんが来るのを楽しみにしているんです。『あの花を持ってくる人はまだか。まだか』と言われるんです」と聞きました。また、そのおばあちゃんの体調が良くなってきて、ものも喋れるようになったし、すごく元気が出てきているとも教えてくださいました。花を見て喜んだり、感動してくださったりしている姿はとても嬉しくて、私はこれからも続けていきたいと思いました。
〔地域での光輪花クラブ(Sさんの体験)〕
私は小学生の孫がいるので、孫の友だちと一緒に光輪花クラブというお花の教室を開いています。
この光輪花クラブは、月に1回、土曜日に私の家で行っています。毎回、3~4人の子どもたちが来てくれるのですが、一輪挿しを体験してもらっています。
今年で3年目を迎えますが、子どもは花をよく見ています。一輪挿しですから、適当にこれでいいと選んでいるように見えたりするのですが、花器にいけた後に見てみるとちゃんと花の一番綺麗な所を活かしていけているのです。とても綺麗なのです。花の名前も一生懸命覚えようとしていますし、花も生きているということが分かって大切にいけてくれています。心と性格の面でも落ち着いてきたように思います。家でも各部屋に1ヶ所ずつ花を飾っていますが、そうすると花を話題にいろいろな会話が生れています。
〔おわりに〕
刑務所の方は、行くたびに「いつもありがとうございます」と御礼を言われ、玄関で敬礼されることもあります。駅でのいけこみでは「ここを通る時に心が潤います。感謝しています」などと言ってくださいます。光輪花クラブを体験している子どもたちに「どう?」と聞くと、「ずっとやりたい」と元気に答えてくれます。
お花のいけこみは文化会館や県庁、そして小学校でもしていますが、私たちは少しでもいけている花を見て癒されて欲しいと思っていますし、その花を見てくれた方が「綺麗」「いけてくれてありがとう」と喜んでくれれば、その喜びは私たちの力になりますし、こうしたいけこみのボランティアが長く続けられているのだと思います。