鹿児島県 S・Mさん(55歳、女性)
〔デイサービスセンターでお茶サークルが始まる〕
私は、今は亡き父の介護がきっかけで、ヘルパーの資格を取り、平成15年4月より非常勤の介護職として介護福祉施設のデイサービスセンターに勤務しています。
若いころからお花が好きで、光輪花クラブというお花の教室が開設されてからは、クラブの受講生として学ばせていただき、一輪の花をよく見ていけることが自分の生き方、考え方を見つめ直すことに役立ち、今では花をいけることは私の人生に欠かせないものとなっています。また、勤務当初から、デイルームのテーブルにお花を飾らせてもらったり、園全体の行事の時などはいけばなを任されたりと、大好きなお花に携わることが多く、感謝しています。
ある時、“お花で、ご利用者様(以下、参加者または方と表現しています)の心が癒されるといいな”と思い、上司に相談し、まずは少人数でいけばな体験を実施してみました。その時の参加者の表情がとても良く、上司に報告、相談し、全体のレクリエーションに取り入れることが決まりました。
MOA美術文化財団(現:岡田茂吉美術文化財団)のインストラクター2名の方にボランティアとして協力をいただきながら、平成20年4月から毎月1回、お茶サークルという名称でお花とお茶を楽しんでいただいております。
初年度は、同じ参加者に限定して、どのような変化が起こってくるのか学びたいというインストラクターのご要望に応えて毎月同じ曜日を設定し実施しましたが、参加者からの評判が拡がって、一人でも多くの方に体験してもらいたいということになり、21年度からは、月曜日から土曜日まで毎月交代で実施するようになりました。
対象は、通常のレクリエーションに参加される全ての方で、年齢は70歳代から100歳までで、しっかりされた要支援の方から要介護4の方までおられ、中には重度の認知症の方もおられます。
〔お茶サークルの内容〕
お茶サークルの所要時間は、午後2時から3時までの約1時間で、まずお花から始めます。4人掛けのテーブルの中央に、2リットル入りのペットボトルを半分に切った容器に花材を入れておきます。一人一人好きな花瓶を選んでいただいてから、お花をよく見て、自分の一番好きなお花を1輪選んでいけていただきます。その1輪の花をよく見ていただいてから、同じように次々に花や枝などを選び、長さを調整したり、向きを変えたりして楽しんでいけていただいています。
花材は、庭先に咲いている花や枝などをそれぞれ持ち寄ったり、近くの農家さんが無人販売に出される花を購入したりして、不足分はお店で購入するようにしています。花瓶は、当初は空き瓶に不織布(ふしょくふ)を巻いてリボンで結んだ手作りの物でしたが、今は園で購入してくださった花器を使っています。
お花をいけた後は、全員で観賞します。担当職員や私が一人一人の花器を手に取り、ホールの前方で、「このお花は○○さんのお花です。とても素敵ですね」などと名前とともに紹介します。中には照れくさそうにされる方もおられますが、ほとんどの参加者は、嬉しそうな表情をされ、満面の笑みを浮かべられる方も少なくありません。
観賞が終わると、次はお抹茶です。ご自分のいけたお花を眺めながら、美術文化インストラクターを中心に私や職員で点てたお抹茶を、厨房で準備してくださるお菓子と一緒に召し上がっていただきます。中にはお抹茶のおかわりをされる方もおられます。
お花を習っておられた方も多く、すばらしいセンスを発揮される方や、お茶をたしなんでおられた方などは、お茶の時には姿勢をピシッとされて、職員の私たちが参加者の人間性や感性の素晴らしさを教えられます。時折、習っていたころに戻られるように感じることも多く、お一人お一人の歩まれた人生の一部を垣間見る思いがします。
〔参加者の喜びと変化〕
お茶サークルに参加しておられるTさんは、いつも口調の強い方で、はじめのうちはほかの人よりもいい花を選びたがり、花材が少ないと「ここのテーブルは人数の割に花が少ない」などの発言がみられ、我先に花に手を伸ばしておられましたが、回を重ねるごとに、花をよく見るようになられ、周囲の人への気遣いもされるようになり、花をいける時も、ゆっくりと時間をかけ、自分の好きな花を楽しんでいけるように変わってこられました。何よりも、お茶サークルの時の表情が柔らかく、とても穏やかで、お世話に当たっている職員の方も驚いておられます。
また、ある時、認知症の男性がいけられたお花を見た職員が、少しお花が少なくて淋しそうだからと気を利かしたつもりでお花を一輪足してあげようとした時のことですが、はっきりした口調で「ちょっと待ってください。今ゆっくり花を見ているところですから…」と言われ、職員の方が「ごめんなさい」と謝る場面もありました。いつも自発的な発語が少ない方だけに、職員はびっくりしていました。私自身も、“つい良かれと思って自分の価値観を人に押し付けることがあるんじゃないか”と反省させられました。このように、お茶やお花での参加者の変化を通して、私たち職員の方が気づかされることが多いというのも事実です。
回数を重ねるうちに、サークルを行う日は、朝から雰囲気が違うことに気づきました。みなさんがニコニコして来園され、とてもおだやかな空間が生まれるのです。また参加者間のコミュニケーションも図られます。「花ってすごいですね」との声も聞かれるようになり、サークルは良い効果を生んでいるという評価が職員に定着していきました。参加者が不機嫌だと職員の私たちも普段以上に緊張しますし、ストレスになります。ですから参加者の感情に職員は敏感です。ふだんあまり笑わない方が笑ってくださると職員も嬉しくなります。
〔お茶会も始める〕
平成21年4月からは、お茶サークルの次の日に希望者が参加してお茶会をさせていただくようになり、毎回10人前後の方が参加されます。
お茶会のほうは、更に深くゆっくりと楽しみたいと思われる方がほとんどで、部屋も、畳敷きのある別室を使用しています。
30人前後で行うお茶サークルと違い、お茶会の方はとても静かな雰囲気の中で、ゆっくりと時間が流れていきます。私がお点前をさせていただく時も静寂そのもので、「やっぱりお茶はいいですよね。心が落ち着きます」という声も寄せられます。
お茶会を実施するようになって間もないころ、認知症の方のご家族が施設見学に来られました。たまたまお茶会のある日でしたので、上司の勧めがあり、ご案内させていただくと、是非参加したいと言われ家族3人で参加されました。いつものようにお花と盆点前を楽しんでいただきましたが、娘さんから「感動しました。お点前がとてもきれいでした」と言われ、学生時代にお茶を習っておられたことや、父親の認知症が進み介護に疲れていたことを話されて、「今日は来て良かった」と喜んでおられました。「いろいろ施設を見てきましたが、お茶やお花がある施設は今までありませんでした。こんな施設に家族をお願いしたいです」と言われ、現在のご利用につながっています。その後、その方が花瓶を買ってきて自宅で花をいけられたという報告をご家族からお聞きし、とても嬉しく思いました。
〔職場の仲間と光輪花クラブの開催を願って〕
お茶サークルは、介護する立場で何名かの職員も関わることができます。多忙でストレスもかかる勤務にあって、お花をいれている時は、みなさんおだやかな表情になります。「私もしたい」という職員もおられます。
平成22年12月に、私は美術文化インストラクターの資格審査に合格しました。平成23年に入って職場の看護師3人で光輪花クラブを開講しています。
参加者の心が少しでも癒されたらとの思いで始めたお茶サークル・お茶会ですが、職員の心まで癒され、光輪花クラブのお花を通して生き方・考え方を学びたいという仲間もできました。今後はその仲間と協力しながら、デイサービスでのお茶サークル・お茶会をさらに充実したものにできるよう楽しみながら続けていきたいと思っています。
〔MOA美術文化インストラクターHさんの談話〕
光輪花クラブの受講生のSさんの職場である「老人介護福祉施設」は、特別老人施設(老人ホーム)と在宅介護部門やデイサービスセンターと幅広い老人介護を担っておられます。
私も数年前から民生委員の友人の紹介で施設に宿泊しておられる高齢者の方々にお花やお茶のボランティアを行ってきました。
Sさんは、以前から明るく和やかな空間にしていきたいとの願いから職場で花をいけてこられました。そのSさんから「デイサービスに来られる参加者にもお花やお茶で癒されて欲しいの。手伝ってもらえないかしら」と相談があり、私を上司の方に紹介されました。
以前から、特別老人施設の方では、月1回行かせていただいていた関係から面識があったこともあり、「是非に」と依頼されました。私も一人では大変なのでNさんと一緒に平成20年よりボランティアをしています。
お茶やお花の時は、参加者がイキイキとしておられます。ある方が来た時は怒っているような表情が一変し、笑っておられる姿に接した職員の方から「良かった~、あの方が笑った、来た時はどうなるかと不安だったのにありがとうございます」と私たちにお礼を言われるなど、こちらが驚かされるばかりです。職員の方々がどんどん芸術の良さを発見され「お茶サークルの日は私たちも楽しみなのです」と声をかけてくださることが多くなりました。
人は美しいものに出合った時、心が明るくなったり、清々しくなったり、落ち着いたり、前向きになるなど、心に変化が起きるものです。そのことを積み重ねることで、美しい心、言葉づかい、行いが自然に身についていくように思います。それは心の健康であり、それが身体にも良い影響を与えていると感じています。
ですから、お花もデイサービスの時だけでなく、家に帰っていけていただけるように、持ち帰ってもらうようにしています。当初は職員の方が花を包んでおられましたが、今は包み方をアドバイスして、参加者が各自でラップと銀紙で包んで、最後は包装紙に包んで持って帰っておられます。家庭でもいけることで、家族間のコミュニケーションにも役立っていると伺っています。
職員の方々もお花やお茶で、人が変わっていくことに驚きを感じておられるように思います。