広島県 T・Yさん(65歳、女性)
〔M小学校で子どもたちから学んだもの〕
私たち夫婦は、気候温暖な瀬戸内海に面した港町に住んでいます。造船の町で、夫も造船設計を専門とする設計事務所を30年間営んできました。
私は、この生まれ育った町に大好きなお花がいっぱい咲き、そして地域の方々や、子どもたちが明るく元気に育ち、活気のある町になるように、MOA美術文化財団(現:岡田茂吉美術文化財団)のインストラクターとしてボランティア活動を続けてきました。
平成13年3月24日、震度5強の芸予地震が私たちの町を襲いました。その時に市内の学校で最も被害の大きかったM小学校の校長先生から、「動揺する子どもたちの心を慰めてほしい」と、お花のいけ込みをお願いされました。
校区内のIさん、Kさんと私の3名で、さっそく学校に出向き、玄関などに花をいけました。牛乳パックやペットボトルを使って、千代紙できれいに装った花器を作り、花を入れたものです。それがある教師の目に止まり、3年生から5年生10名を対象に月一回の「手芸クラブ」の特別非常勤講師を頼まれました。
子どもたちは花器作りや花をいけることを毎回楽しみにしてくれました。クラブの生徒が次年度も継続を希望したり、その花器や花を持ち帰る姿を見た別の子どもたちが新たに入会を希望するなど、広がりを見せました。
当初、現代っ子の自由な発想や、思いもつかないユニークさに戸惑いましたが、作品を作る真剣な顔や持ち帰る時の笑顔に心も高まりました。
Kさんは、「妹の分まで花器を作って持ち帰った男の子。子どもが良い花器を作ったと言って、花を買ってくる親御さん。ある児童は下級生に『花は生きているからね』と言う姿がほほ笑ましく、一人一人の心の成長が見えるようです」と話します。
このクラブは、ボランティアに取り組む私たち自身にも、大きな気づきと喜びを与えてくれるものとなりました。
〔W中学校から依頼された花のいけ込み〕
平成15年3月、同じボランティア仲間で、教育委員会で臨時職員をしているWさんにある依頼がありました。教育委員会指導主事をされているK先生から、「W中学校にお花のいけ込みをお願いできませんか?文部科学省から『心の健康づくり』の研究指定校に選ばれ、環境づくりとして取り組みたいものですから」と頼まれたそうです。日ごろからMOAが取り組むお花の活動に関心を抱いていたというのです。
Wさんからその話を伝えられたボランティア仲間の私たちは、協力し合って引き受けることにしました。
取り組むに当たって私たちは、「花を通して生徒たちの心が癒され、潤いのある学校生活が送れるように。また、優しさや思いやりの心が育まれるように。学校中が花でいっぱいになり、文部科学省からの『心の健康づくり』の取り組みに成果がいただけるようにお手伝いしましょう」と話し合い、願いをともにしました。
〔「心の健康づくり」に立ち上がったPTAと学校〕
K先生は、PTAの方々と話し合う場を4月に設定してくださいました。話し合いの場には、代表してSさんと私の2人で出かけました。学校には、K先生、Wさん、養護教諭の先生とPTA10名の方々が集まっておられました。
MOA美術館の紹介と、創立者である岡田茂吉先生の書いた本の中から、「植物は生きている」『美の世界とは、人間にあっては心の美すなわち精神美である』をお話しして、リサイクル資材で花器を作り、お花をいけていただきました。はじめは、互いに緊張していたこともあって「何をするのかなー」という感じでしたが、「捨てられるような牛乳パックが、こんなに素適になるんですか」と、PTAの方から声をかけていただきました。
そしてSさんが、「自分が穏やかでいないと家庭も明るくならないと思います。私は、このお花から日ごろの疲れを癒され、潤いを与えてもらっています。よろしかったらみなさんのお力になれるようお手伝いをさせてください」と話しました。
話を聞いたPTAの方からは、「役員も手伝うようにします。ぜひ、いけ込みをお願いします。いずれは学校中を花いっぱいにしていきたいと思います。それまで、みなさんのお手伝いをお願いします」と言われ、話がまとまりました。生活の中で実践してきたそのままを語るSさんの言葉に、みなさんも心を開いて聞いてくださり、私たちの思いを受け入れてくださいました。
その後2人のPTAの方とともに、1年間休まずに毎週、玄関や下足場、保健室、校長室に、牛乳パックや空き缶、ティッシュボックス、ペットボトルを活用して、こいのぼりやかぶとの花器を作り、花をいけました。やがて学校に花が少しずつ増えてきて、あるPTAの方は、自宅の庭に咲くツバキを持参していけられることもありました。
校長先生は、「お花をいけていただくから」と、花を置く場所をきれいに清掃して待たれていたり、「生徒が校長室の花の水替えや掃除までしてくれた」などと喜ばれました。
〔互いの協力のもとに進めた情操教育〕
6月には、玄関の花を見られたハンドメーキングクラブ(お菓子やケーキを手作りするクラブ)の先生から、「10名を対象に月1回、お花を教えてほしい」と依頼され、これもPTAの2名の方とともにお引き受けしました。
PTAの方々の熱心さにお応えしたいと、ともに取り組んでいるBさんは、「買った花よりも心がこもるから」と花の苗作りを始めました。ほかのメンバーにもその輪が広がり、キンギョソウ、バラ、マーガレット、ミヤコワスレ、アルストロメリアなどが各家庭で育てられ、それぞれが持ってくるようになりました。丹誠込めた苗が育ち、花を咲かせていきます。生徒の幸せを願うみなさんの心も育ち、一つになっていくようでした。
心を込めた花の取り組みに応えてくれるように、クラブに参加しているある生徒は、人前で話すのが苦手だったのが、自分から挨拶をするようになったり、学校、学級で積極的に発表するようになり、明るい生徒になってきました。ほかの生徒たちも、いけ込みをしていると、寄ってきて花の名前を聞いてくるようになってきました。
そうした変化に心動かされた先生方も学校の敷地に花壇をたくさん作られるようになり、私たちにとっても大きな励みになりました。
12月に開かれた会合では、他校の学校長から、「古い校舎だけど、新しい校舎に見える。明るくきれいになった。この学校は季節感がなく殺伐としていたが、今では心が癒される」と評価の言葉をいただいたそうです。PTAのみなさんとも、「生徒たちの挨拶が明るく大きな声になった」と着実な変化に喜びをともにしています。
ハンドメーキングクラブの半年間の成果を披露しようと、平成16年1月24日に生徒10名と「“ホッとする会”地球はやさしい体験教室」を持つことになりました。当日は、地域の方や先生方が16名来られ、私たちから教わったように、今度は生徒たちが先生になって、優しく丁寧に心配りや気使いをしてお花を扱います。
花を手桶に入れ、タオル、ハサミをセットし、「花は生きていますから、一晩たてば思うように向きを変えますから無理に花をいじらないで、花と話をしてね」と語りかけていきます。
生徒たちはよく見ているんですね。見事に講師になりきっていました。この光景を目にした担当の先生は、「今までは自分たちのためにつくっていたクラブでしたが、人のために役立つ活動ができるまでに成長しました」と、感激のあまり涙を流されていました。
〔「花の香りと同時に心の香りを感じます」〕
平成16年3月12日、校長先生から私たちにコメントをいただきました。
特に「すっかり花が定着し、花のない学校は考えられません。季節の花に飾られた玄関、保健室、校長室、職員室は花の香りと同時に心の香りを感じます。ハンドメーキングクラブにも資源物を再利用した花器作りや手作り作品を指導いただき、子どもたちの豊かな心の育成に貢献いただいております。毎週、火曜日のいけばな、部活動、PTA行事などとタイアップしていただき、本校の教育活動を活性化いただいて感謝でいっぱいです」との言葉はとてもうれしいものでした。
その後もこの活動を継続して続けておりますが、平成20年4月には、学校が発行している「W通信」に、校長室をはじめ校内に花をいけている私たちのボランティア活動の内容が紹介されましたが、記事の中で校長先生ご自身が「花があるとないのでは雰囲気が全然違う」と述べられていました。
花を教えることで、子どもたちの素直な心や言動に触れ、逆に私たちが教えられました。美しい花が人を変え、知らず知らずに自分の心も見つめられ、人の真心の美しさにも感動できるようになりました。
私の家庭でも、夫が、私が行っている光輪花クラブというお花の教室に入会し、夫婦で花の会話ができるようになりました。花の持つ力に触れて、優しい言葉使いができるようになり、私の家庭にも潤いが生まれてきました。より良き人生に向かって、夫、そして良き仲間と、今後もともに歩んでいきたいと思います。