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デイサービスでお花のレクリエーションを始めて

2009.12.23

静岡県  I・Iさん(54歳、女性)

 

〔デイサービスでいけばなの体験を〕

 私は25年間、ナースとして医療に関わってきましたが、その経験を生かし、地域のお役に立つ高齢者介護を願って、平成14年より介護事業所を立ち上げ、ケアマネジャーをしています。
 平成20年の5月、私が通っている光輪花クラブというお花の教室でMOA美術文化財団のインストラクターをされているTさんから、「介護施設のデイサービスでいけばなの体験をさせていただけないだろうか」と相談を受けました。
 20年以上も前からMOA山月のいけばなを趣味とし、平成13年から光輪花クラブ(MOA山月の新たないけばな教室)に入会していけばなを楽しんでいる私も、以前から同様のことを考えていたのですが、“途中で投げ出すのではないか”“認知症の方が多いために、教えていただいても忘れてしまったり、集中できないのではないか”という不安があって、どうしても決心がつきませんでした。でも今回のTさんからの提案をきっかけに、気持ちを決めることができました。
 その後、Tさんが光輪花クラブの会員のみなさんに、「一緒にやってみませんか」と声をかけたところ、みなさん心よく引き受けてくださいました。さっそく私たちは、光輪花クラブのボランティア資格を取得しました。

 

〔楽しそうにお花をいける〕

 お花の体験は、デイサービスのレクリエーションとして、平成20年6月から毎月1回、利用者を対象に始まりました。参加者は20名前後で、80歳前後から100歳近くの高齢の方々で、ほとんどの方が認知症をもっておられます。
 花材は、私や介護スタッフが自宅の庭などから採ってきたものを使いました。また、クラブ会員のHさんが、岐阜のお友だちにこのボランティアのことを伝えると「是非お花を使っていただきたい」と、毎月お花を送ってくださり、これも大切に使わせていただいています。
 お花のレクレーションは、毎回、簡単なレクチャーから始まります。インストラクターのTさんが、花は生きているから愛情をもって扱うことや、美の力は魂に作用し、気持ちが明るくなり、考えも行動も変わること、美意識を大切にして、何よりも楽しむことを伝えています。さらに、デモンストレーションとして花をいける様子を見ていただいて、その後、みんなで花をいけます。
 一般的なお花の教室は、決まった長さにして、同じような花材で、いけ方も型を重視する傾向にあるようですが、光輪花クラブでは、一人一人が美しいと感じたことを大切にしていますから、花の向きや花器とのバランスなどを自由に発想して花をいけることができます。
 当初は、みなさん「さみしいから」と言って、花器に花をいっぱい入れていました。それが次第に自分なりに花材を選び、少ない花で、その人なりに調和を考えていけるようになってきました。
 「花なんてやらない」と言っていたのは男性陣でしたが、実際に参加すると楽しかったらしく、今では一番張り切っています。毎回、「今日はお花の時間がありますよ」と連絡しているのですが、いつもは昼食後にお昼寝をしているのに、お花がある日は楽しみなのか、興奮して眠れないようです。
 花をいけたくない人は無理に参加しなくてもよいことにしていますが、みなさん楽しみにしていらっしゃるようです。

 

〔認知症の方にみられる変化〕

 認知症の方は、ものごとの段取りを考えたり、イメージを作るということが苦手です。着衣失行と言って、服を着る順番が分からなくなってしまい、長袖のTシャツを先に着て、その上に下着の半袖を着るという行動を取ることもあります。
 でもお花の時間では、こっちにこの花を入れて、向こうにこの花を入れてと、バランスを取ろうとしているし、総合的に頭の中でイメージしようとしています。医学的には、通常、量の理解はできないと言われているのですが、ある方はトルコキキョウの花を見て、「この花はボリュームが多いからやめて、こっちの花にする」とか言われながらいけておられます。
 91歳になられるAさんは、「この花がいいと思って選んだから最初は入れていたけど、ずっと観ていたら、くどい感じがしたので、花を取り換えた。そうしたらすっきりした」と話してくれました。Aさんはガンも患っておられて、普段は人工肛門をつけていることも忘れてしまうし、トイレに入って、おしりが拭き終っているのに、トイレットペイパー1個を全部出して使いきってしまうような方で、この発言は私の体験上、考えられないような出来事でした。

 

〔介護スタッフの驚き〕

 介護のスタッフの動きも当初と比べると変わってきました。最初のころは、実習に入ると、介護スタッフが、いきなり参加者の手伝いを始めたことがありました。「これを入れたらどう?」「何か寂しいんじゃない?」など、通常の介護と同様に“手伝わないとできないだろう”という感覚を持っていたのです。
 しかし、回を重ねるごとによって、今ではすべて参加者が一人で花をいけることができると分かって、スタッフは驚いていました。
 先日、入って間もない介護スタッフが、よかれと思ってBさんのお花に葉ものを足したのです。そこで私は「その葉を入れる時に本人にこれ入れてもいいですかと、伺いましたか?」と訊ねました。早速、そのスタッフがBさんに確認すると「入れたくない」とはっきりとおっしゃいました。スタッフは、お詫びして葉ものを抜きましたが、このことは、このスタッフにとって自らの行動を見つめ直す体験となりました。

 

〔光輪花クラブの素晴らしさ〕

 いけ終わってから、Tさんやボランティアの方たちが参加者の一人ひとりに声をかけています。「どの花が好きですか?」「この花きれいね」と……
 すると、参加者は「これが好き」、「これ気に入った」などと言われます。「この花、本当にきれい」、「この花の名前は何というの」とか、「この花、今、外に咲いている」などと楽しそうに話をされます。
 気にいらなければ自分からはしゃべらないものです。いけばなを通して自分で感じたことが言葉になって出てくることは素晴らしいと思います。いけた花を否定されることがない。「この花はここがダメですよ」などと言わないことで、参加者にとっては、心からリラックスできたり、精神的にも解放されるのでしょう。「一人ひとりの感じた良さを大事にする」。ここに、光輪花クラブの素晴らしさがあると思っています。
 デイサービスで花のレクリエーションをするようになってからは、その後に私たちが光輪花クラブの花を習うようになりました。光輪花クラブでは、最初にその日のレクリエーションはどうだったのか、クラブ会員のみなさんと、参加者の様子を確認する時間をTさんが取ってくれます。
 花を選ぶ時、観ている時、いけている時、いけ終えた時の様子。いけ終えてからどんな会話をしたかなど、気がついたこと、印象に残ったことを出し合い、みなさんと喜びを分かち合っています。

 

〔デイサービスの喜びが家庭にも拡がることを願って〕

 高齢者の認知症はご本人だけではなく、支えるご家族の方も大変です。
 認知症の症状に振り回され、ついつい「さっき言ったでしょ」「しっかりしてよ」と言ってしまったり、時には自分の親でありながら尊敬できる存在でなくなってしまう時もあります。すると認知症の方も“自分はこの人に否定されている。快く思われていない”と思ってしまいます。このようにご本人もご家族も日常生活の中で精神的に追い込まれてくると、“きれい”とか“いいな”という素直な感情が失われていくようです。
 ある日、デイサービスにクラブ会員のMさんのお母さんが参加されました。Mさんのお母さんは、集まりに行ってもすぐに帰ってしまうなど、人の集まりが苦手な方です。デイサービスに来られた日も、家を出る前からずっと「行くのは嫌だ」と言っておられたようですが、お花のレクリエーションに参加すると、とても楽しまれたようで「花をいけることができて、とても嬉しい。心が高まるわ」と話されました。俳句をたしなんでいらしたようで、“心が高まる”という言葉に「なかなかそういう言葉って、言えないものですよね」と、その後の光輪花クラブで話題になり、Mさんも喜んでいました。
 帰ってからご家族にもいけた花を観てもらい、楽しかったことを話され、「これからは、勧められたことは、どんどんやってみようと思う」と言われたそうで、以来、このデイサービスのレクリエーションを楽しみに来られるようになりました。
 介護の世界でとても大切にしている言葉として、「自己実現」という表現があります。他人の力を借りなくては命を繋げることが困難になった方が、お花を通して、何よりも笑顔が生まれ、心を満たされる幸せなひとときを過ごされ、自らの思いや感じたことを表現できるようになったことに、レクリエーションに光輪花クラブのいけばなを取り入れて本当に良かったと思っています。
 目には見えないけれども、心や魂を持った人間だからこそ持っている感覚の素晴らしさに、私自身あらためて気づかせていただいたことに、Tさんをはじめ光輪花クラブの会員のみなさま、そしてデイサービスのお年寄りの方々に感謝しています。