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唯一の頼りだった右耳が難聴になる

2009.11.17

富山県  T・Yさん(72歳、男性)

 

〔難聴が徐々に進行する〕

 私は、平成15年ごろから徐々に難聴が進行してきました。
 次第に会話が聞き取れなくなって、日常生活や仕事にも支障をきたすようになってしまいました。左耳は、子どものころに受けた不慮の事故のため、全く聞こえなくなっていましたので、右耳だけが唯一の頼りでした。その右耳が聞こえにくくなってしまったので、“困ったなあ”と思いました。そのため長年勤めていた工務店も迷惑をかけては申し訳ないと退職しました。
 その後は、自営で大工仕事を請け負うことになりました。退職したことで時間を自由に使えるようになりましたが、外出する機会が増えたこともあって、必要に迫られて67歳にして自動車運転免許を取得しました。
 難聴は相変わらずで、建築組合の会合の時、大事な話が聞こえないことが多く、ストレスを感じるようになりました。家でもテレビの音を普通よりも大きくしなければ聞こえないので、4人の孫たちや家族はあまりの音の大きさに部屋から逃げ出してしまいます。“このままではいけない、人の話も聞き返すと相手に失礼になる”と思い、補聴器を買い求めました。

 

〔浄化療法を受けると一時、耳の聞こえが良くなる〕

 平成17年には、建築組合の定期検診で前立腺に異常が見つかって金沢療院を受診した時、難聴について耳鼻科の医師に診てもらいました。しかし、「難聴は改善しにくいですね」と言われてしまい、“耳はもうあきらめるしかないかな”と思いましたが、岡田式健康法のひとつの浄化療法を受けてみようと思いました。私は過去に腎臓を患ったことがあり、20日ほど浄化療法を受けて全快した経験があったからです。
 浄化療法を受けると、不思議に気分や体調がよくなり、“ひょっとしたら良くなるかもしれない”という感触があり、継続的に通うことにしました。
 このころ、妻も浄化療法の施術資格を持っていましたので、妻からも毎日受けるようにしました。心配してくださったMOA健康生活ネットワークのみなさんからも浄化療法を受けることができました。
 そうした生活を続けていた平成20年8月ごろ、難聴に変化が出てきました。
 このころ、体調が良い日が多くなり、一時、耳の聞こえが良くなることがありました。私は“治った”と思い込み、補聴器をほかの人にお譲りしました。しかし、翌日には元に戻ってしまいました。その繰り返しがしばらく続きました。そのため、結局補聴器は手放せませんでした。

 

〔補聴器を使わなくても聞こえる〕

 10月13日のことです。私は平成20年の4月から岡田式浄化療法の療法士の資格講座を受けていたのですが、講義の時は後ろの方にいると話が聞こえないので、いつも前の方に座って補聴器を使って聞いていました。この日の午後、講義を聞いていた時でした。隣に座っていた方が、「補聴器を使わなくても聞こえるんですか?」と言われて、はっと気づきました。何と補聴器を使わなくても講師の話が普通に聞こえているではありませんか。しかし “治ったのは一時的で、また翌日には元に戻っているのでは”と思いました。
 翌朝、妻が私を呼びました。いつもより大声で呼んでいる気がしたので、「そんな大きな声を出さんでも聞こえるぞ」と言うと、妻はキョトンとした顔をしていました。この時、難聴が完全に治っていると思いました。
 実は、10日前の10月3日、建築組合の健康診断で、医師より「あんたの耳は完全に悪くなっている。役所へ行って身体障害者の申請をした方がいい」とまで言われていましたので、これはまさに奇蹟だと思いました。

 

〔視野が大きく開けたような爽快感〕

 振り返ってみると、10月に入ってから右耳の中で、ゴロゴロと音がするのを感じていました。“ひょっとして難聴がひどくなるのではないか”と大変心配していました。また、風邪をひいたみたいに鼻水が盛んに出ていました。さらに驚いたことに、難聴になった時から右耳の後にシコリのようなものがあり、気になっていましたが、このころにはそれが消えてなくなっていました。私はこれが難聴の原因だったのではないかと思っています。
 11月19日には金沢療院を受診して診ていただきました。医師は聴力検査をしたあと、「この数値なら補聴器がなくても聞こえるでしょう。良かったですね」と言われました。そして、「普通半年以上症状が改善されない場合はまず治らない場合が多いのです。あなたの難聴が改善した事実は、岡田式健康法の効果なのかもしれませんね」と伺い、とてもうれしくなりました。
 普通に聞こえるようになったことで、視野が大きく開けたような爽快感でいっぱいです。家族も心から喜んでくれました。会話が普通にできることになった安心からか、妻はよく話をしてくれるようになりました。テレビも普通の音量でも聞こえるようになり、家族も部屋から逃げ出すこともなくなり、娘夫婦や孫たちとのコミュニケーションも良くなってきました。
 建築組合でも私が難聴だったことは知るところで、補聴器なしで会話ができるようになったことに、みなさんは「本当に治ったんだね」と驚いていました。組合員の中には病を抱えている方もいらっしゃいますので、私は用事があって訪問した時には浄化療法を施術しています。また、月に一度、金沢療院で療法士のボランティアにも参加しています。