体験事例一覧

内容別

地域別

10年来の息子のニートが改善

2009.09.15

長野県  K・Eさん(72歳、女性)

 

〔息子が離婚をきっかけにニートになる〕

 私は10年前に病で夫を亡くしました。ちょうどそのころ、息子は離婚をきっかけに、今、社会問題になっているニートの状態になりました。その息子と現在二人暮らしをしています。
 ニートになってから10年間、息子は自分の部屋に閉じこもっているだけでした。私と顔を合わせることも会話をすることもほとんどありませんでした。親戚が来ても顔も出してくれません。話と言えば「めし、風呂、金」ぐらいでした。また食事を作って部屋に持っていっても「いらない」と言い、そのうち「ご飯は自分で買う」と言い出して、私たちは一つ屋根の下に居ながらも別々に生活をしていました。何とかしたいと思っても、何をどうすればいいのか分からず、時間だけが過ぎていきました。

 

〔家庭問題で悩んでいたUさんの話〕

 平成18年12月に、同じ長野に住んでいるUさんの家庭が変わってきたお話を、直接ご本人から聞くことができました。
 Uさんのお話は、ご主人に不満を持っていたことや、長年、家庭内別居に近い状態にあり、一生解決できないと思っていた25年間の悩みが解決されていくという内容でした。
 こうした悩みを抱えていたUさんでしたが、平成18年2月から名古屋療院での療法士のボランティアをする中で、自分の心の中に“自分本位な考え方”があったことに気づいて、まずは家族で一緒に食事をすることから始めたと聞きました。ほかにも、日々の生活の中で岡田先生の本に書いてある内容を素直に実行すると、やがてご主人も怒ることがなくなったり、優しく声をかけてくれるようになったり、Uさんが取り組んでいるMOAの活動にも理解を示してくれるようになったと語ってくださいました。
 私は涙ながらに語るUさんのお話に感動しました。そして、私もこの状況から脱出できるきっかけになるかもしれないと、名古屋療院でボランティアをしようと思いました。

 

〔名古屋療院のボランティアを通して〕

 地域のMOA健康生活ネットワークのみなさんが療院へボランティアに行く日は金曜日でした。木曜日は夜の11時過ぎまで居酒屋のパートの仕事をしているので、朝がとても弱い私にとって、翌朝4時に起きて名古屋に行くことは、相当の決心を必要としました。
 平成19年2月、名古屋療院で療法士としてボランティアをしました。初めてだったので緊張しましたが、浄化療法を受けた方が「楽になりました。施術してもらって、本当に良かったわ」と言ってくださいました。その感謝の言葉を聞いて、本当に嬉しくて、私自身“もっとみなさんに喜ばれたい”という意欲が湧いてきました。そして毎月1回、療法士としてボランティアに行かせてもらおうと思いました。
 しかし、年金と夜間のパートの収入しかないので、経済的には苦しい状況でした。息子は「食べ物をよこせ。小遣いをくれ」と無心するし、こうした出費もかなりありました。
 そこで私は、毎日200円ずつ貯金し、それを月1回の名古屋に行くための交通費に充てることにしました。毎日、自分と息子が健康で暮らせることに感謝の気持ちも込めて、神棚に置いた貯金箱にお金を入れ続けました。

 

〔変わってきた息子への姿勢〕

 療院で療法士としてボランティアをしていると、心のこもった言葉や行いの大切さをあらためて学びました。浄化療法を施術する時は相手の方に“幸せになってもらいたい”という気持ちで取り組んでいます。また、そうした心がけや浄化療法を受けた方からいただく感謝の言葉は、家庭を変えていく力にもなりました。日ごろから常に“心を天国にする”ことを意識して努力していると、見落としていた感謝すべきことが、日常に溢れていることにも気づきました。
 気づくと、私の姿勢が少しずつ変わってきました。息子と顔を合せることもなく出かけていたことを反省するようになり、出かける前には、簡単な手紙を置いていくように努力しました。「おはよう。今日も元気?」とか、外出の際には、「〇〇さんの家に行ってくるよ。」とか、「いつも一人で寂しいでしょ、気晴らしに外に行ってみたら?」などと自分の気持ちやその日に気づいたことなども手紙にしました。
 息子のために心を込めたお昼ご飯を用意しておくなど、今まで気づくこともなく、やろうともしなかったことができるようになってきました。この気持ちになれたのは、以前、息子のことを相談した時にMOAのスタッフが言ってくれた「息子さんはいつも一人で部屋にいて、お母さんに何か話したいと思っても、出かけてばかりで寂しいのではないですか?」「家庭を大事にしてください」という言葉がきっかけだったと思います。

 

〔息子が働き始める〕

 名古屋療院へボランティアで行くようになって3ヶ月が経った平成19年5月のことです。息子がプランターに土を入れて小松菜やアサガオの種を蒔き始めるようになりました。そして、「小松菜は身体にいいんだ」と、私の健康のことを気づかってくれる言葉をかけてくれました。また、「太陽の下で、土をいじったり、花を見たりしていると気持ちが落ち着く」などと話したこともありました。育てている花や野菜の話題から少しずつ会話が増えていきました。
 それから3ヶ月が経った8月末、息子が「明日から仕事に行く」と突然言い出したのです。私は自分の耳を疑いました。10年も働かないでいましたから、体は鈍っているし、そんなことを言っても長続きはしないだろうと思いました。しかし、息子は今も休むことなく毎日仕事に行っています。本人は「俺は10年も働いていないから、リハビリの気持ちで鍛えている」と話していますが、健康で働ける喜びを感じているようで、今では「仕事が楽しい」と言っています。

 

〔こんなにも変わった今の自分〕

 最近では、会う人に「明るくなったね」と言われます。以前の私は、愚痴や不平が一杯あって、きっと難しい顔をしていたんだと思います。自分の心がこれほど明るくなれるとは考えてもいませんでした。
 今まで、息子のことを恥ずかしいことだと思って隠すようにしていましたが、このころから健康生活ネットワークのみなさんに打ち明けました。息子が10年間ニートでしたが、無事仕事を始めることができたこと、そして、それは名古屋療院でのボランティアやMOAスタッフのアドバイスのお蔭であることを伝えました。するとみなさんは「息子さんが働けるようになったのは、あなたが変わったからだよ」と言ってくださいました。
 働き始めて2ヶ月目となる10月8日のことですが、息子が黄色い財布とカバンを、初めての給料で買ってきてくれました。「黄色はお金が溜まる色だから」という優しい言葉も一緒でした。私は嬉しくて大事にしておこうとしまっておきました。そのことをネットワークの会合でポロッとしゃべった時、みなさんから「使わないと意味ないよ」と言われました。私はハッとして、それからは使うようにしました。すると、息子も喜んでくれました。
 今も息子は、午後3時から夜11時まで休まず仕事を続けています。また「昼間の仕事がしたい」と言い出し、ハローワークで仕事を探し始めました。
 実は、息子のことで精一杯だったもので、夫の遺骨が10年間そのままになっていました。でも、息子が勤め始めてくれたので、平成20年の夏、無事墓石を建てることができました。10年間、お金や物に困っていましたが、不思議なことに今はお金や物に恵まれるようになりました。何よりも私自身の気持ちが明るく、前向きに変わりました。私はこんなに幸せになれるとは思いもしませんでした。2年前、1年前と比べて、こんなにも変わっている現在の自分の生活に、感謝の気持ちでいっぱいです。